文者の庵

-MONJA NO IORI-

素振りを続ける

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最近、下手に楽しようとする事に慣れ過ぎてきて良くない気がしてきた。無理して苦労を買えとまでは言わないが、それなりに苦労や努力は蓄積されて力になる。現在僕は好きな文章やWEBに関する事を色々と広げて深めて楽しんでいる。あまりお金にもなってはいないが、やりがいを感じている。この事柄をもっと広げたいし、深めたいと思っている。

 

努力という言葉が好きだった時期と嫌いだった時期が今までの人生である。好きだった時期は努力で結果を出せていた頃。嫌いだった時期は努力で結果を出せないくらい道が見えなかった頃。今はどうだろうか、わからないけど色々な事を巣恋ずつだけど楽しんでいる。

 

努力なんて奴隷がする事だと揶揄していた人に、かつて人生で出会った。確かに社会構造を考えると世の中は投資家か経営者以外は古代ギリシャになぞらえれば奴隷みたいなものかもしれないのだが、誰もが投資家や経営者になれるわけでもない。その発言をしていた彼自身も皮肉にも奴隷身分の家庭で生まれ奴隷身分として育ってきたという事になる。

 

結局は人生がどういうものなのかも僕自身若輩者なのでそこまでわかっていない。少なくともよくわからない生き方を僕はしている事は確かだ。それだけは断言できる。後は、大半の大人も社会構造について考えていないし、自分が特別な何かになろうとなんてしていない。ただただ奴隷として生きるのでも幸せという人もいるし、奴隷の頭になりたくて必死でもがいている人も沢山いる。

 

しかし、どんな状況であれ素振りを続ける事が重要なのではないかと最近は思う。投資家は多くの情報を常にインプットして考えている。経営者は人々をマネジメントするためにオールラウンドな能力が必要だ。自営業者やフリーランスは常に自分の商売についてや技能について考えなければならない。サラリーマンも高給で雇われるためには、常にスキルアップを強いられる。

 

皆、自分自身を磨き続けなければならないのだ。奴隷でも奴隷の頭でも支配する側でもそうである。どうせ頑張らなければならないならば、努力という字を肯定してみたらどうだろうか。綺麗事かもしれないが、頑張らずに人生の裏技ばかりを探している人間はやはりどこかがとてつもなく脆い。